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高松地方裁判所 昭和57年(ワ)402号 判決

原告

三好智恵子

三好清人

杉野京子

右三名訴訟代理人弁護士

久保和彦

高村文敏

臼井満

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

田川直之

外五名

主文

一  被告は、原告三好智恵子に対し、金七六三万五七〇〇円及び内金六九三万五七〇〇円に対する昭和五七年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告三好清人、同杉野京子に対し、各金三八六万七八五〇円及び内金三四六万七八五〇円に対する昭和五七年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

ただし、被告において、原告三好智恵子に対し金二五〇万円、原告三好清人、同杉野京子に対し各金一三〇万円を供するときは、右仮執行をそれぞれ免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告三好智恵子に対し、金二四五四万七二一六円及び内金二三〇四万七二一六円に対する昭和五七年九月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告三好清人、同杉野京子に対し、各金一二二七万三六〇八円及び内各金一一五二万三六〇八円に対する昭和五七年九月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

(一) 原告三好智恵子(以下「原告智恵子」という。)は三好恭男(昭和五年三月五日生、昭和五六年五月一一日死亡、以下単に「恭男」という。)の配偶者であり、同三好清人、同杉野京子(以下「原告清人」、「原告京子」という。)は、いずれも恭男と原告智恵子の間の子である。

(二) 被告は、徳島大学医学部附属病院(以下「被告病院」という。)を設置し、管理している。

2  (恭男の死亡)

(一) 恭男は、昭和五六年一月一一日に吐血し(以下、日付けについて昭和五六年の記載は省略することがある。)、大川郡白鳥町の香川県白鳥病院の坂井秀樹医師の紹介で四月二日、諸検査のために被告病院に入院した。

(二) 恭男に対しては、西本研一医師が担当医となって諸検査を行い、その結果、胃食道静脈瘤、糖尿病、心臓三尖弁閉鎖不全病、肺高血圧症等の診断を受けた。

(三) 西本医師は、右治療のため食道静脈瘤塞栓術(経回結腸静脈食道胃静脈瘤塞栓術[Trans Ileocolic Vein Obliteration of Gastrosophageal Varices]以下「TIO」あるいは「本件塞栓術」又は「本件手術」ということがある。)を行うこととし、古出雄三医師にその執刀を依頼し、恭男は、古出医師の執刀により、五月八日、右塞栓術を受けたが、右術中に心電図上の徐脈と呼吸停止が生じ、蘇生術のかいなく、同月一一日、死亡した。

3  (医療行為の過誤)

恭男の死亡は、被告病院の医療行為の過誤に基づくものである。

(一) 手術を必要と判断したことの誤り

被告病院では、恭男の治療に当たって、その病状の検査結果を十分に検討して、最適の治療方法を選択すべき義務があったのに、これを怠り、緊急の外科的措置が必要と判断した過失がある。

(1) すなわち、恭男には、静脈造影によってもその食道静脈瘤は顕著なものでなく、内視鏡検査によっても再出血の目安となるレッド・カラー・サイン(発赤所見、以下「RCサイン」という。)の所見はなかった。また、出血も胃の静脈瘤又は胃内腔のただれからのものである疑いもあった。

(2) 恭男の門脈系統の血行路は、腎静脈を経て、大動脈に入り、心臓を経て肺静脈に入るという経路(以下「シャント血管」という。)があり、このような経路の患者については、被告がしようとした左胃静脈(胃冠状静脈)の塞栓は効果がないし、右シャント血管は静脈瘤の出血を防止する作用をもつものであった。

右のような恭男の血行路を考慮すると、緊急な再出血の可能性は乏しいものと判断すべきであった。

しかし、食道静脈瘤への上行き血行が少なく、通常の静脈瘤ではないようだとの原田助教授からの指摘があったにもかかわらず、恭男の血行路を十分検査検討することを怠って、左胃静脈から食道静脈の静脈瘤に至る血流があるとの誤った前提に立った。

(3) 恭男は、被告病院に入院後も安定した状態で外出も許されており、緊急な対応を迫られた状態ではなかった。

しかも、検査の結果、恭男には胃食道静脈瘤のほかに、糖尿病、心臓三尖弁閉鎖不全病、肺高血圧症等の合併症があったのであるから、後記(三)でも触れるように、これらに対する影響を慎重に検討すべきであった。

このような状態からすると、静脈瘤の破裂の危険性も高くないものであり、緊急にTIOの実施を選択すべきではないのに、被告病院は、不十分な検討のままこれを選択して実施したことは誤りであった。

(二) 手術選択(TIOを選択したこと)の誤り

次のとおりの事情からすると、被告病院が恭男に対する手術としてTIOを相当と判断したことも、TIOや被告病院の技術の過大評価、TIOの恭男に与える侵襲の過小評価などの誤りがあった。

(1) 胃食道静脈瘤の対策としての外科的処置としては、従来、患部血管を切断する離断術が広く行われていたが、一九七四年(昭和四九年)に英国で静脈瘤に塞栓物質を注入する塞栓術が始められ、外科的侵襲が少ない方法として注目されるようになったものであるが、昭和五六年当時でも確立されたものでなく、様々な技術的問題点も指摘されていた。

その上、TIO実施は、被告病院では初めての手術であり、同病院にはこの手法の熟達者もいなかったのであるから、恭男のような合併症のある患者に実施すべきではなかった。

(2) しかも、被告病院が選択したTIOは、同じ塞栓術のPTO(経皮経肝食道胃静脈瘤塞栓術[Percutaneous Transhepatic Obliteration of Gas-troesophageal Varices]以下「PTO」という。)に比べると、開腹手術が必要であり、麻酔も必要とされるのであって、これらに伴なう諸術は、いずれも血液の循環系統、肺、心臓に相当な負担をかけるものばかりなのであるから、予後の予測はもちろんのこと、万全の体制をとる必要があった。

(3) 恭男には、肺高血圧症その他の多くの合併症があったところ、肺高血圧症を有する患者にとって、同じ非観血的療法としても、内視鏡的硬化療法のほうが、負担が軽いことは明白である。後記(三)でも触れるように、被告病院は、TIOの合併症への影響の十分な検討を怠った。

(4) その上、前記のとおり、恭男にはシャント血管があり、被告病院の実施しようとしていた左胃静脈の塞栓をしても、食道静脈瘤の出血予防には効果がないものであった。そして、効果がないばかりか、このようなシャント血管がある患者には、塞栓物質が流出し、他の器官を塞栓する危険が大きいため、塞栓術は禁忌とされていた。

しかるに、被告病院は、このシャント血管の存在を確認することなく、西本医師は、検査が開始された四月二日の翌日である四月三日には、すでに同月一七日にTIOを実施することを決めており、被告病院は、検査も行われていない入院当初から恭男に塞栓術を実施する方針で準備がされた。

(三) 肺高血圧症への影響判断の誤り

(1) 恭男には、食道静脈瘤のほかに多くの合併症があったが、とりわけ本件塞栓術の実施の判断をするには、肺高血圧症への影響を十分に検討し、手術に伴う合併症の有無、内容、発生の蓋然性等について、予見すべきであった。

(2) しかし、被告病院は、肺高血圧症が直達手術ができないほど重症であると判断したのにもかかわらず、塞栓術に限って安心であることの確信もなく、不測の自体に備えての十分な準備もせず、また、恭男の肺高血圧症と塞栓術の実施との間の危険性について十分な検討をしないまま、吐血の危険に比べると、肺高血圧症は塞栓に障害とならないとの判断で漫然と手術を実施した。

(3) 本件塞栓術の実施に当たって、とりわけ造影剤の使用について、十分な検討がされなかった。

本件では、七六%ウログラフィンが造影剤として使用されたが、この薬剤は、比較的副作用の多い薬であって、造影剤の血液凝集作用により、肺毛細血管床血管抵抗が増大して肺動脈圧が上昇すると言われ、さらに多発性の微小肺塞栓が続発して肺循環障害が起こることもあるとされているのであって、この造影剤が肺高血圧症を増悪させてショックに至らせる可能性が強く疑われるところであるから、その使用については、肺高血圧症への影響を、肺高血圧症のない患者より相当慎重に判断しなければならなかった。

(4) 肺高血圧症は、肝硬変に伴うものか、原発性のものかについて、はっきりした診断はなく、被告病院で恭男の治療を担当した第二外科の原田助教授はむしろ前者と考えていたように思われる。四月一一日の第二内科坂井医師の指摘まで第二外科で右肺高血圧症につき眼中になかった。

四月二八日に本件塞栓術の実施が決まった後に、原田助教授から主治医の西本医師への文献調査が指示されている。これらは、被告病院が恭男の肺高血圧症を安易に考えていたことの証左であるし、右指示による調査の結果も不明である。その結果、手術に際して、肺高血圧症に対する配慮が全く欠落している。

(四) 手術自体の誤り

(1) 被告病院は、左胃静脈(胃冠状静脈)から食道静脈への血行を想定してその先にある食道静脈瘤を封鎖するために、その根本の左胃静脈入口付近を塞栓しようとした。

しかし、その直前の血管造影によって、恭男の門脈系統の血行路は、被告病院が判定したような左胃静脈から食道静脈に至るものではなく、シャント血管が存在することが判明した。

このような血行であれば、左胃静脈の塞栓はそもそも無意味であるし、逆に塞栓に使用した造影剤や塞栓物質は、食道静脈瘤を経由することもなく大静脈から肺に至ったことになり、かえって危険を冒することになり、禁忌とさえ言われていたのであるから、右の血行が判明した以上、被告病院は、直ちに塞栓術の実施を中止すべきであった。

(2) その上、被告病院が塞栓しようとした部分の血管は、大人の小指ほどもある太さで、塞栓物質として二ミリメートル角のゲルフォームスポンジを使用しても、塞栓は容易ではなく、造影剤やゲルフォームが相当量流出することは明らかである。

恭男の死亡は、本件の塞栓に使用した塞栓物質である右ゲルフォームが流出し、肺に達して肺塞栓・肺梗塞に至らしめたものと考えられるところ、このような事態は事前の検討によっても、右手術直前の造影によっても、十分に予測できるのであるから、塞栓物質自体も肺動脈を梗塞するおそれのないトロンビンのような塞栓剤を使用すべきであった。

(五) 説明義務違反

医師は、手術を施す場合、患者自身に対して、手術に伴う合併症の有無、内容、発生の蓋然性、生命の危険度等を説明した上、患者の同意を得る義務があり、患者は、医師から自己の状態に関して判断するに足る十分な情報の提供を受けて、合併症や自己の生命の危険と比較して、なおその手術を受けるか、断念するか、あるいは他の医療機関の判断を受けるか等の選択権を有する。

(1) 西本医師は、五月二日、恭男、原告智恵子らに対し、本件塞栓術の概要について説明した。それによると、塞栓術は、ごく簡単な治療というべきもので、翌日には通常の食事ができ、一週間後には歩いて退院ができるというものであった。

(2) 恭男が肺高血圧症が施術の障害にならないかと質問したが、西本医師はこれを否定した。しかし、後日、医局長は原告らに対し、恭男の死亡は肺高血圧症が原因で心臓に負担がかかり、心不全を起こしたと説明した。

(3) 恭男は、入院中の被告病院の同室の患者がすでに離断術を受け、経過が思わしくないのを見聞していたので、自分の受ける施術の合併症について極度に警戒していた。西本医師から受けた説明でなお不安であったので、妻の原告智恵子や友人を呼び、一緒に説明を聞くほどであった。それでも施術を受けたのは、全く生命に係わるようなことはないと信じたからである。

(4) 西本医師の説明は、シャント血管についての認識を欠いたものであり、仮に、恭男や原告らがシャント血管の存在やその機能について十分説明を受け、また、TIOがどのような位置付けをされた手術であるかを知れば、それを受けるかどうか及び被告病院で受けるかどうかについて、正当な判断ができたのに、右のような医師の説明によって、そのような選択の機会を奪われた。

4  (責任原因)

(一) 恭男は、被告病院に入院するに際し、被告との間で、被告の経営する被告病院の医師を介し、原告の胃食道静脈瘤等の具体的内容を検査の上、適切な治療方法を選択し、恭男の同意を得た上でこれを施術する一連の医療行為をなす準委任契約を締結した。

しかるに、前記のような医療行為は右契約上の義務に反するものであり、これにより恭男を死亡させるに至らしめたのであるから、被告は、右債務不履行に基づき、損害賠償の責任を負う。

(二) 恭男が死亡するに至ったのは、被告病院の前記医療行為の誤りによるもので、被告病院の過失に基づくものであって、これを監督する被告の過失に基づくものというべきであるから、被告は、民法七〇九条、七一五条により損害賠償の責任を負う。

5  (損害)

(一) 恭男の逸失利益

恭男は、死亡当時五一歳で、昭和五五年度の賃金センサスによると、同年令の労働者の平均年収は、三四八万円であるから、六三歳まで一六年間稼動するものとして、中間利息を控除し(ホフマン係数11.53676)、生活費を三五パーセントとみてこれを控除して計算すると、逸失利益は二六〇九万四四三三円となる。

3,480,000×11.536×(1−0.35)

=26,094,432

原告らは、相続分に応じて、原告智恵子二分の一、同清人及び同京子各四分の一の割合で右逸失利益の損害賠償請求権を相続した。

(二) 慰謝料

原告らは、恭男の死亡により、精神的苦痛を受けたが、これを慰謝するための慰謝料としては、少なくとも、原告智恵子については一〇〇〇万円、同清人及び同京子については、それぞれ五〇〇万円が必要である。

(三) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟を提起するについて、これを原告訴訟代理人らに依頼し、報酬として原告智恵子は一五〇万円、同清人及び同京子はそれぞれ七五万円の支払を約した。

よって、原告らは、被告に対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償として、請求の趣旨のとおり、右金員と右金員中弁護士費用を除く分について本訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3は、恭男の死亡と被告の医療行為との因果関係を含めて争う。

ただし、各項目のうち次の点は認める。

(一) 同3(一)については、(1)のうちRCサインの所見がなかったこと、(2)のうち恭男にシャント血管があったこと及び手術日までにこの確認はされていなかったこと、(3)のうち恭男に合併症があったこと及び恭男が許可を得て外出したことを認める。

(二) 同3(二)については、(1)のうち塞栓術が一九七四年に英国で始められたものであること及び被告病院における胃食道静脈瘤の塞栓術実施は本件が初めてであったこと、(2)のうちTIOが開腹手術を要すること、(4)のうちシャント血管の存在したことを認める。

なお、(二)(4)の西本医師が四月三日にTIOの実施を決めていたとの主張に関して、カルテに「四月一七日塞栓術」の旨の記載があるのは、四月二日に今後の検査及び治療方針を原田助教授に相談した結果、当時把握していた恭男の症状から、治療法として侵襲の小さい塞栓術が適応と考えられ、これを行うのであれば、四月一七日ころを予定して諸検査を進めるようにとの指示があったため、検査計画を立てるために一応の目安として設定し記載したものであって、検査前から塞栓術の施行を決定していたものではない。手術の日取りその他の具体的なことは、後日、被告病院医師らの検討会で決定されたものである。

(三) 同3(三)については、(3)のうち造影剤として七六%ウログラフィンが使用されたことを認める。

(四) 同3(四)については、(1)のうち直前の造影でシャント血管を確認したことを認める。

(五) 同3(五)については、被告病院の説明義務及び患者の選択権を主張する冒頭部分は認める。

なお、被告病院は、恭男及びその家族に対しては、第二外科医師らの臨床検討会の決定内容を説明し、手術実施についての承諾を得た上、五月八日に本件塞栓術を施行したものであり、説明義務を尽くしている。

3  同4(一)のうち準委任契約の締結は認める。その余の同4の債務不履行及び不法行為の主張は、いずれも争う。

4  同5のうち恭男が死亡時に五一歳であったことは認めるが、損害額の主張はすべて争う。

三  被告の主張

1  塞栓術選択の正当性

本件塞栓術の実施は、被告病院の第二外科の臨床検討会において、次のような事項を考慮して決定したものであって、その選択に誤りはなかった。

(一) 再出血の危険性

(1) 恭男の胃食道静脈瘤は、過去二回の大量吐血の既往歴(約九年前に約六〇〇ミリリットルの輸血を受け、一月一一日の再吐血の際には約六〇〇ミリリットルの輸血を受けている。)を有し、四月七日の食道胃透視によっても食道下部から胃上部にかけて静脈瘤が認められ、四月二七日の内視鏡検査ではRCサインはなかったが、食道下部三分の一の部位に連珠状の青色静脈瘤が認められた(白鳥病院の紹介状でも青色静脈瘤と判定されている。)のであって、放置すると、再出血のため死の転帰をとる危険性が非常に高く、何らかの予防的止血療法を行う必要があった。

なお、青色静脈瘤とは、静脈瘤の基本色調を白色調と青色調に分ける基準による区別であり、静脈瘤が青色に見えるのは、粘膜下静脈が著明に拡張し、血管壁及び表層の重層扁平上皮が薄くなり、血管内の血液が反映されるためと考えられており、したがって、正常の食道粘膜の色調である白色に比べて出血の危険があるとされているものである。RCサインがあれば、出血の危険は更に高いものといえる。

(2) これに対し、恭男の肺高血圧症は、中等度のものであって、原因不明でこれといった治療法も存在しなかった。

恭男の肺高血圧症は肝硬変に合併する原因不明の肺高血圧症(原発性肺高血圧症=PPH)であって、恭男の肺動脈の平均圧は四〇ミリメートル水銀柱でそれほど高いものではなかった。なお、肺動脈平均圧と生存月数とは一定の関連性は見られないが、平均圧四〇ミリメートル水銀柱の患者に数十か月の生存月数が報告されている。

なお、原発性肺高血圧症の患者に対してTIOを実施した例は、文献等によっても報告されたものはなかったが、これを禁忌とする報告もなく、右のような状況において、再出血による死の危険が迫り治療法のある食道静脈瘤と肺高血圧症とを比較衡量して、静脈瘤に対する待機手術を行うとの被告病院の選択は、正当であった。

(3) なお、恭男にはシャント血管があり、このような血管がある場合には、静脈瘤の破裂の危険性を低減する方向に作用するものであることは確かである。恭男の最初の吐血から九年間にわたって再吐血がなかったのは、このシャント血管によるものとも考えられる。しかしながら、それだけで破裂しない保証になるものではなく、現に九年後の一月一一日には再吐血に至っているのであり、次の出血を防止する必要性は高く、シャント血管の存在によっても手術をするべきとの被告病院の選択に誤りはない。

(二) 術式、術者の選択

(1) 術式の選択

胃食道静脈瘤の手術には、観血的治療法と非観血治療法とがある。

観血的治療法とは、静脈瘤に直接侵襲を加える手術法であり、直達手術(食道離断術、噴門切除術等)と門脈圧亢進状態を改善するシャント手術(門脈下大静脈吻合術、脾腎静脈吻合術等)とがあって、それぞれに利点と欠点があるが、被告病院では主として食道離断術を採用していた。

非観血的治療法は、観血的治療法のような大きな手術侵襲を伴わない治療法であり、内視鏡的硬化療法(経口で内視鏡下に食道静脈瘤やその周囲に直接硬化剤を注入する方法)と塞栓術(門脈内にカテーテルを挿入し、血管造影下に塞栓物質により静脈瘤血管を塞栓する方法)とがあった。しかし、内視鏡的硬化療法については昭和五六年当時評価が定まっておらず、被告病院での手術例はなかった。一方、塞栓術は侵襲が極めて小さく、緊急手術例、重篤な肝臓障害例、離断術等の大手術不能の適応とされていた。

恭男の状態は、チャイルドの分類ではAないしBに該当し、本来、離断術が行われるべきであり、肝予備能は低下しているが、その適応範囲であった。糖尿病も第二内科の協力によって良好にコントロールされていた。しかしながら、恭男には、他にも多くの合併症の診断がされていたので、臨床検討会において、このような合併症を考慮して、危険度の高い食道離断術を避け、より侵襲の軽い術式が適応であると判断し、塞栓術を選択したものである。

(2) 塞栓術について

門脈内カテーテル挿入による塞栓術は、一九七四年(昭和四九年)に英国においてルンダークイストらがカテーテルを体表から肝臓を経由して門脈内に挿入する方法(PTO)によって、緊急出血例二例を含む四例に施行し全例良好な結果を報告して以来、国内外で多くの報告例が見られるようになっていた。

PTOは、肝臓を穿刺するため、種々の合併症が生じる危険性もあるので、これを避けるための方法も研究され報告されており、本件で施行したTIOは、小開腹して、カテーテルを回結腸静脈経由で門脈に達する方法である。

PTOとTIOとの違いは、門脈へのカテーテル挿入の到達経路の違いであり、TIOは、カテーテルの挿入、操作、交換が容易である。

塞栓術は、本件当時、すでに相当多数の学会報告例や論文が公表されており、食道静脈瘤に対する確立した治療方法の一つであった。

(3) 術者の選択

被告病院では、本件まで食道静脈瘤の患者に対する塞栓術の実施例はなかったが、大阪府立病院で十数例の経験を有し塞栓術に習熟している古出医師を執刀医として選定した。

古出医師は、被告病院に勤務するまでにも小松島赤十字病院、徳島大学医学部付属病院、大阪府立病院に勤務した経歴を持ち、数百例のカテーテリジェーションを経験している。その中には、冠動脈造影、小児の選択的冠動脈造影、カテーテルによる血管内異物除去術、ポルストマン氏法、その他の高度の専門技術的熟練を要するカテーテル操作も含まれ、塞栓術についても一三例の経験を有していた。

(4) 恭男の状態

恭男の肺高血圧症は中等度のものであり、左心系の疾患がないこと、ヨード過敏性テスト、右心カテーテル検査、腹部血管造影検査によっても異常は認められなかったこと、入院時に一人で歩いて来院したこと、入院後の生活状態等を考慮してTIOに堪えられると判断したものである。

(三) 塞栓術自体に問題がなかったこと

(1) 塞栓術による合併症としては、①造影剤ショック、②塞栓物質の逸脱による肺塞栓と門脈塞栓、③塞栓静脈の再開通及び新副血行路の形成、④血管損傷等が考えられていた。

しかし、本件塞栓術においては、次に述べるように造影剤ショックとは認められないし、塞栓は、その術の実施を担当した古出医師自身がこれを確認しており、塞栓物質の逸脱はなかった。また、造影剤が血管以外に流出したことも認められないから、血管損傷もなかったのである。

(2) 造影剤の使用について

心障害、肝障害、糖尿病等について、造影剤の慎重な投与が指摘されているが、その必要性からほぼ全例について心血管造影がなされているのが実情であり、心臓疾患の患者は肺高血圧症を合併しているのが多いのに造影剤の使用によって重篤な副作用が生じた例はほとんどない。

本件塞栓術においても、カテーテルの先端を門脈を経て患部に正確に誘導する必要性があり、食道静脈瘤の副血行路を知ることも必要不可欠であったので、造影剤の使用は、不可欠であった。

本件で使用した造影剤の七六%ウログラフィンは、非常に副作用の少ない薬であって、日常臨床に頻用されている。もっとも、副作用の発生は絶無でないので、本件でも次のテストを行っている。

a 造影剤の使用禁忌としてヨード過敏症が指摘されているので、恭男に対してヨード過敏性テストが行われたが、テストの結果は陰性であった。

b 本件塞栓術実施の約一か月前である四月一四日に、恭男に対して、本件塞栓術に使用したのと同じ七六%ウログラフィンを用いて、右心カテーテル検査及び腹部血管造影を行ったが、何らの副作用も起こらなかった。

c 本件塞栓術に際して、必要最少量の造影剤を、異常がないことを確認しながら、徐々に使用したものである。

なお、恭男が下肢痛を訴えたことはあるが、これは、造影剤使用前(一〇時二七分ころ)から訴えたものであり、造影剤の使用(一〇時三二分以降)とは無関係である。

また、一一時二五分の血圧低下も正常値の範囲内であって、特に異常とするほどのものではなく、造影剤ショックには当たらない。造影剤使用後一時間近く経過してショックが起こるのは不自然であるし、仮に造影剤ショックによるものであれば、収縮期圧が八〇以下に下がり、心拍数が増えたり心電図に異常が生じたりするはずであるが、そのような兆候はなかった。右は、昇圧剤エホチールの薬効が切れてきたことによるものである。

(3) 塞栓物質の流出について

左胃静脈は、太い血管であるが、血流の流れの速いものではなく、五〇パーセントブドウ糖液を注入すると、ほとんど血流が停滞した状態になったので、その後、塞栓物質である二ミリメートル角のゲルフォームスポンジを注入したところ、塞栓が成功したものである。また、その際のカテーテル操作もレントゲン透視下で正確に行われたものである。もっとも、塞栓完了まで少量のゲルフォーム小片が塞栓部位から逸脱した可能性を全く否定することはできないとしても、これが肺動脈を塞栓し、大きな影響を与えるようなものではなかった。

2  (本件塞栓術と恭男の死亡との因果関係)

(一) 恭男の死因は、肺高血圧症の患者に特有な原因不明の突然死であって、本件塞栓術とは関係がない。

恭男には、多くの合併症があったが、本件手術に伴って糖尿病、肝障害、三尖弁閉鎖不全症が死因になったことは、その病状等から到底考えられない。

肺高血圧症が本件手術により悪化する場合は、塞栓物質が流出して肺梗塞を起こす場合であるが、本件では前記のようにその可能性はない。

そうすると、恭男の死亡は、肺高血圧症患者に特有の突然死(その機序が不明で死に至る経過を特定できない急死)というほかなく、現在の医療水準をもってしては全く予測できないものである。

(二) 造影剤の影響について

肺動脈造影の場合であれば、多量の造影剤を直接肺に急速注入するので、肺動脈圧が上昇することも考えられるが、本件では、異常のないことを確認しながら、左胃静脈の入口辺へ徐々に注入したものであり、肺動脈に達するまでの間に造影剤はかなり希釈されるので、肺動脈圧に対する影響は考えられない。腎からの造影剤排泄状況も良好であった。

そして、前記のように、肺高血圧症を合併した心臓疾患の患者に造影剤を使用しても重篤な副作用を認めた例はないこと、恭男の肺高血圧症は中等度のものに過ぎなかったこと、事前検査の際や本件塞栓施術時においても、恭男に造影剤の副作用は認められなかったことからも、造影剤が死亡の原因とは考えられない。

なお、造影剤の使用により肺高血圧症の増悪が生じたとすれば、急性右心不全になり、頚静脈怒張、心電図の異常、脈拍異常、呼吸困難等が現われるはずであるが、本件の場合、そのような症状は現われなかった。この点について、カルテ(〈書証番号略〉)には、術中、急性右心不全が生じたとの記載があるが、右は、原因不明の心停止が生じたことが原因となって心筋障害が起こり、右心不全状態となって、蘇生術のかいなく死亡に至ったことを記載したものであり、造影剤の影響で心不全が生じた旨の記載ではない。

(三) 肺梗塞・肺塞栓について

恭男は、流出したゲルフォームによって肺梗塞、肺塞栓が生じたことで死に至ったものではない。

肺梗塞が起こる場合は、その臨床所見として、著しい過換気、呼吸困難、静脈怒張、胸痛、喀血等の症状が見られるのが通常であるが、本件では恭男はそのような症状がなく、突然徐脈を来たしたものである。レントゲン写真においても肺梗塞の所見を示すものはない。

また、肺塞栓についても、仮にゲルフォーム小片が塞栓部位から流出し、肺動脈に達したとしても片肺だけで数千本から数万本単位で存在する肺動脈の分岐の一部を塞栓するに過ぎず、これが肺に与える影響は、日常生活の軽い運動、咳などと比較してもより軽度のものに過ぎない。

塞栓物質が流れると、当然、肺に入って肺動脈の塞栓に至るという過程は、一般的に指摘されているところであって、全く危険性がないということはないが、臨床的には多少の流出があっても肺梗塞が起こることはなく、具体的な症状が出ることはない。

また、恭男については、本件塞栓術実施前に心臓カテーテル検査が行われ、直径二ミリメートルを超えるカテーテルを肺動脈内に二十数センチメートル挿入され、その先端付近に付いている直径約一〇ミリメートルのバルーンを膨らませて直径六ないし七ミリメートルの肺動脈を約一〇分間閉塞する試験も行われたが、何らの異常も認められなかったのであって、恭男は、そのような肺及び心臓にかける負担にも堪えられる状態であった。

(四) 麻酔等について

本件手術の際に行われた硬膜外麻酔については、正しく実施され、その麻酔範囲についても問題はなかった。

麻酔薬として使用されたカルボカインは、一般によく使用されているものであって、硬膜外麻酔の場合の禁忌は、①重篤な出血あるいはショック状態の患者、②注射部位又はその周辺に炎症のある患者、③敗血症患者、④本剤又はアニリド系局所麻酔剤に対して過敏症の既往歴のある患者であり、また、慎重投与すべきものとしては、①中枢神経系患者、②妊産婦、③高齢者、④血液疾患及び抗凝血剤治療中の患者、⑤重篤な高血圧症患者、⑥脊柱に著明な変形のある者、があげられているが、恭男は、このいずれにも該当しない。

なお、本件においては、手術開始一時間後に恭男が下肢を動かしたので、鎮静剤セルシンの静脈内投与を行った。

セルシン投与の禁忌としては、①急性狭隅角緑内障、②重症筋無力症、③ショック、④昏睡、⑤バイタルサインの悪い急性アルコール中毒があげられ、慎重投与すべき場合としては、①心障害のある患者、②肝障害のある患者、③腎障害のある患者、④脳に器質的障害のある者、⑤乳・幼児、⑥高齢者、⑦衰弱患者、⑧高度重症患者、⑨呼吸予備力の制限されている患者があげられている。

恭男には肺高血圧症、三尖弁閉鎖不全症、肝硬変症があったので、右のうち慎重投与の①②に従い、各種の術前検査の所見の上に立って慎重投与をしたものである。その結果、鎮静が得られ、血圧、呼吸状態は良好で心電図にも異常は認められなかった。また、意識レベルも呼びかけに返答する状態であり、セルシン投与にも何ら問題はなかった。

3  説明義務について

(一) 西本医師は、四月二日ころ恭男に対し、入院に際して、恭男の状況と今後の検査予定及び治療法について説明した。その後、同月八日ころ原告智恵子に対し、同月一二日ころ恭男及び原告智恵子に対し、同月中旬ころ原告智恵子に対し、それぞれ検査結果及び今後の予定について説明した。

そして、同月三〇日には恭男に対し、TIOの手術方法を図示しながら、本件手術の承諾を求めたものである。その際の説明として、①恭男には連珠状の青色静脈瘤が認められ再出血の危険が高いこと、②再出血すると肝不全や心不全を来たす危険性が高く、出血後の緊急手術では死亡率が高いこと、③肺高血圧症は肝硬変によるものとも考えられるが、肺高血圧症には根本的な治療法がなく、次第に増悪し心不全に陥ったり、突然死することもあること、④肝予備能の面も低下していること、⑤糖尿病のため離断術では縫合不全を起こしやすいこと、⑥以上のようなことから、被告病院の臨床検討会の結果、侵襲の少ない塞栓術が最良の方法であるとされたこと、⑦塞栓術は成功しても塞栓部分の再開通もあり得るので、三か月後に内視鏡で静脈瘤を見た上で再塞栓を行うかどうかを決定すること、⑧執刀の古出医師は大阪府立病院で塞栓術を習得し、自ら十数例を経験し、技術的に問題はないこと、⑨手術時間は二時間程度であって、翌日から流動食がとれ、翌々日からは粥が食べられ、三、四日後には歩行が可能となり、創は一週間程度で治癒する見込みであること、⑩この手術の合併症として、塞栓物質が静脈瘤を通過して肺動脈に流入し、肺梗塞を起こすことが考えられ、また逆方向に流れると肝臓や門脈を閉塞することも考えられるが、操作は恭男の意識のある状態で行うので、これらが起きても発見が早く直ちに処置が取れること、⑪肺高血圧症についても万全の注意を払って行うこと等について約一時間にわたり説明し、五月二日には原告智恵子と恭男の義兄にも同様の説明をした。

(二) このように被告病院の担当医らは、手術の必要性及び内容についての説明のほか、患者の現病状とその原因、治療行為による改善の程度、治療行為に伴う危険性、手術を行わなかった場合に予想される予後的内容及び過去の実績等について十分な説明を行った。

恭男は、同じ質問を何度も繰り返すので、担当医は通常の場合よりも長時間にわたって詳しく説明しているものである。

その結果、恭男は、本件手術を受けることを自由かつ真摯に選択したものである。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被告の主張1について

(一)の再出血の危険性について、被告は、恭男の二度の出血が食道静脈瘤からのものであったことを前提にしているが、これは確認されたものではなく、むしろ、胃内腔のただれからの出血であった可能性も高いのであって、根拠とならない。

また、青色静脈瘤といっても、青色かどうか、またその程度については、見る者の主観に左右されるものであるから、これによって決定的な判断をするのは危険である。

一方、再出血の予測をさせる最も重要な要素であるRCサインは、その所見がなかったのであるし、恭男にはシャント血管があり、出血の危険性を低減させていたのであるから、今にも再出血がするかのような被告の判断自体が誤りであったことは、明らかである。

(二)について、被告病院では、食道静脈瘤に対して、内視鏡的硬化療法の経験もTIOの経験もなかったにも関わらず、肺高血圧症を有する患者に先例のない手術をしたのであって、見通しのない実験的な手術といわざるを得ない。

(三)(2)において、被告は、造影剤が安全のように言うが、造影剤のショックについては、ヨード過敏反応よりも薬物の毒性によるものであって、特異体質でもない限り、一度問題がなかったから今度も同じだといえる性質のものではない。とくに恭男は、四月一四日の造影の際に、堪え難い胸部の疼痛、熱感を原告智恵子に訴えていたのであって、本件塞栓術の実施においては、慎重にその副作用の内容や程度を検討すべきであった。

2  被告の主張2について

(一)について、恭男の徐脈は、本件塞栓術を実施中の造影剤の反復注入中に起きたものであって、本件塞栓術の実施と恭男の死亡との間の因果関係は否定しようがないものである。

(三)について、塞栓物質が流れると、当然、肺に入って肺動脈の塞栓に至るという過程は、一般的に指摘されているところであって、臨床的に症状が出ないといった主張は、恭男が肺高血圧症であることを忘れた暴論である。

また、肺梗塞に至った場合の教科書的な症状がなかったといっても、そうでないということもできない。

3  被告の主張3(説明義務)について

(一)について、恭男は、四月三〇日の西本医師の説明に納得せず、家族と相談すると答えただけであった。恭男が何度も同じ質問を繰り返していたのは、手術に消極的だったためである。そして、西本医師は、肺への影響について心配する家族に対し、五月二日、手術は腹部であつて肺には遠いから影響がないなどと説明していたのである。

(二)について、西本医師の説明が重要なシャント血管の存在に全く気づかないままでの説明であったことは被告の主張自体でも明らかであり、シャント血管の存在とその機能やTIOへの影響の正しい説明があれば、とうてい恭男やその家族の同意は得られなかったはずである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二原告らは、請求原因3において、恭男の死亡が被告病院の治療の過誤に基づくものであると主張し、被告は因果関係を含めてこれを争うので、以下、この点について判断する。

〈書証番号略〉、証人原田邦彦、同古出雄三(第一、二回)、同西本研一、同佐尾山信夫、同中尾宣夫の各証言、鑑定人奥田邦雄の鑑定及び鑑定人尋問の各結果、原告智恵子本人の尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

1(一)  恭男は、昭和四七、八年ころに吐血し、香川県立白鳥病院で肝硬変、食道静脈瘤との診断を受けた。しかし、手術をすることなく平常の生活に戻り、その後、白鳥病院では主として糖尿病の治療を受けていた。

恭男は、昭和五六年一月一一日に娘の結婚式で富山県に行った際に再び吐血して、高岡市民病院で緊急の手当を受け六〇〇ミリリットルの輸血を受けた。同病院の内視鏡検査では、RCサインはマイナスだが、二条の連珠状に蛇行した青色静脈瘤が認められた。二月九日に右病院を退院して自宅に戻った恭男は、以後白鳥病院内科に通院した。

白鳥病院では過去の吐血歴も考慮して恭男の食道静脈瘤に対する外科的療法の必要性を考え、被告病院第二外科(以下「被告外科」ともいう。)の原田邦彦助教授を紹介した。

(二)  恭男は、昭和五六年二月二五日、被告外科を訪ね、原田助教授の診察を受けた。なお、この際に、妻の原告智恵子も同行していたが、直接医師に会って話をしたのは、恭男だけであった。

原田助教授は、恭男の診察と白鳥病院の検査結果から、肝硬変に伴う食道静脈瘤で再出血の危険性の高い状態と判断し、恭男に対し、食道静脈瘤の破裂を防止するための外科的治療が必要であることやその手術方法(食道離断術)を絵に描いて説明するなどした。

肝硬変に基づく静脈瘤は、肝硬変によって生じた肝内門脈枝の閉塞等が門脈の血流障害を生じさせて、門脈圧を上昇(門脈圧亢進症)させる結果、門脈系のバイパスのひとつである食道及び上部胃の静脈への血流が増加することにより、その血管が拡張、蛇行したものであって、高度になるとこれが裂けて大量出血することにもなり、生命の危険を来たすものである。

そして、食道胃静脈瘤に対する諸手術は、肝硬変や門脈圧亢進症そのものを治療するものではなく、死に至る可能性が極めて高い静脈瘤の破裂出血の防止を目的とするものである。

同日、原田助教授の説明後、外来担当の佐尾山信夫助手が引き継いで一時間程度、恭男に入院の必要性を説明したが、恭男はこれまで二度出血したがいずれも手術をしないで止血した旨述べ、手術について十分に納得しなかった。そこで、佐尾山助手は家族とともに再度の来院を勧めた。

(三)  その後、恭男は、単独で二度、被告外科を訪れたので、佐尾山助手は、来院した恭男に、統計上、静脈瘤破裂の第一回は出血で半分位は死に至り、再出血でその半分が死に至り、さらに再再出血でその半分が死に至るもので、恭男が現在危険な状態であること、食道静脈瘤は肝臓が悪くなっていることに起因するもので、肝臓自体を良くする治療法はないことを伝え、手術の必要性を再三説明した。

その結果、恭男は、三月下旬になって離断術をするための検査入院を承諾し、恭男は同年四月二日に被告外科に入院することとなった。

2(一)  昭和五六年四月当時の被告外科は、消化器その他の一般外科部門、呼吸器部門、循環器部門、乳腺部門、甲状腺部門の五部門からなり、井上権治教授を科長として、助教授(副科長)一名、講師三名、助手六名、医員七名の各医師がそれぞれの部門に分かれて担当していた。また、入院患者の診療については、二名ずつの医員が病棟担当医として三つのグループに分かれて受け持っていた。各グループの二名の医師のうち医師免許取得の早い者(六年目以上の者)がそのグループのチーフとなっていた。

(二)  病棟担当医は、入院患者の状態、検査の結果等をもとに、科長(副科長)及び専門別担当医らの指導を受けながら、手術の方法、適応、期日等を検討し、手術予定を手術日の三日前までに医局長のもとに提出することとされていた。

医局長は、これに基づき、科長らとともに手術順序、個々の手術の執刀者、介助者等の予定を定め、手術場に連絡するとともに、医局の掲示板に表示し、これらの予定された計画について、科長以下その科の医師全員で手術日の前日までに開かれる臨床検討会において検討し、ここで、最終的に手術の実施が決定されることになっていた。

(三)  西本研一医師(医師免許取得から五年目)は、昭和五六年四月一日から被告外科の医員として病棟担当医となり、チーフの湯浅医師(医師免許取得から六年目)とともに、第三臨床グループに属し、副科長の原田助教授や専門別担当医の指導の下に入院患者の術前、術中、術後の管理に当たっていた。

そして、恭男の入院とともに西本医師が恭男の病棟担当医となった。

西本医師は、入院日の四月二日に、カルテ等の資料や診察結果を参考にして今後の検査計画を立て、恭男に対し、病棟詰所で病状や検査等について説明したが、恭男は再出血の不安とともに手術に対しても強い不安を訴えていた。

西本医師は、同日夜、副科長である原田助教授と恭男の診療方針について相談し、恭男が合併症の多い患者であることから、食道離断術は侵襲が大きすぎるかも知れないので、非観血的療法も考え、双方の場合を想定して計画を立てるようとの指導を受けた。

3  恭男は、入院した四月二日から糖尿病剤ダオニールの経口投与を受け、翌日から諸検査がなされることとされた。

そして、三日には、胸部腹部エックス線撮影、心電図検査、呼吸機能検査がされた。西本医師は、非観血的療法として塞栓術を行う場合のために、施設の都合等から、手術日を四月一七日と想定して、検査日程等を検討した。

四日、五日は、仕事の都合を理由に恭男は許可を得て外泊したため、検査はされなかった。

帰院後の四月六日には、放射線科において、肝臓の形態学的変化を確認するための肝シンチグラム検査を行ったところ、翌七日に放射線科から肝癌を併発している疑いが指摘された。そこで、西本医師は徳島市民病院にCT検査の依頼をした。肝癌がある場合には、手術が不能になることもあって、この日、西本医師は病室で恭男に対し、「大きい手術をしなくてもよいかも知れない。十分検査して、みんなでどのような方法が一番良い方法か検討する。」旨の説明をし、静脈瘤に対する処置として血管を詰める方法もあると塞栓術についても簡単に説明した。

同日、食道胃透視検査を行い、糖尿病の治療、心・循環機能検査を第二内科に依頼した。

翌八日、第二内科で心機図検査がされた。この日ころ、西本医師は恭男の妻の原告智恵子に肝癌の可能性がありCT検査して確める必要があること、糖尿病等も内科にコントロールを依頼する予定であることを簡単に説明した。

九日にはフィッシュバーグ濃縮検査を行い、腎濃縮能は正常であることを確認した。また、西本医師は、古出医師と腹部血管造影について打合せをして、四月一四日の実施及び使用薬剤等を決めた。第二内科では、心臓超音波検査を施行した。

一〇日にはベクトル心電図検査がされた。

この日、西本医師は、糖尿病の管理を第二内科に依頼し、一一日からは、第二内科と共診となった。

同日、第二内科で心音図検査がされた。そして、第二内科から、同科の検査結果によって原発性肺高血圧症が疑われるので、その確定診断のため、心臓カテーテル検査をされたい旨の依頼があった。そこで、西本医師は、同夜、古出医師に右依頼を伝えた。

その後の一二日ころ、西本医師は、恭男と原告智恵子に病院詰所で、原発性肺高血圧症の疑いと心臓カテーテル検査が必要であること、心臓にカテーテルを入れるので、万一のことが起こらないとは限らないが、それに対処できる体勢で臨むことを説明した。

一三日には血糖日内変動検査が行われた。

4  四月一四日の午前に、恭男の治療についての第一回の臨床検討会が行われた。

(一)  この検討会においては、本症例について、過去二回の大量出血歴があり、白鳥病院の紹介状によれば、食道内視鏡検査によって青色で二状の連珠状に蛇行した静脈瘤が確認されており、再出血の可能性が高いこと、ICG(インドシアニングリーン)の血中停滞率が正常値である〇ないし一〇パーセントに比較して33.2パーセントと高く、ヘパプラチンテストの結果も正常値である七〇ないし一三〇パーセントに比較して五〇パーセントと低く、肝予備能も障害されていると認められること、心雑音があり、心電図検査で右軸偏位と認められ、心音図、心機図検査で三尖弁閉鎖不全症と診断されたこと、これに関しては、同日午後に予定されている腹部血管造影に際し、右心カテーテル検査も併せて行い、肺高血圧症の程度も検査する予定であること、肝臓癌合併の疑いがあるので腹部造影で検査し、後日腹部CT検査も予定していること、糖尿病のコントロールは不十分なので、インシュリン注射に変更する予定であること、肝硬変のほか合併症の多い患者であるので、直達手術は無理と思われることが報告された。

(二)  そこで、右検討会で、再度内視鏡検査を行い、静脈瘤の状態を正確に把握すること、肝臓癌の有無及び肺高血圧症の程度の確認をすること、これらにより再度術式適応を検討することとされた。

同日午後、第二外科と内科で、恭男に対し、腹腔動脈・上腸間脈動脈造影検査(動脈から造影)と右心カテーテル検査が行われた結果、肝硬変、胃食道静脈瘤のほかに肺高血圧症の存在が確認された。右動脈造影検査において、七六%ウログラフィン一〇〇ミリリットル余りが注入されたし、また、その右心カテーテル検査において直径二ミリメートルを超えるカテーテルが肺動脈内に二〇数センチメートル挿入され、その先端辺に装置されたバルーンを膨らませて、内径六ないし七ミリメートルの肺動脈が約一〇分間閉塞されたが、肺血管血圧の急激な上昇ないし下降その他の異常な所見はなかった。

一般に、肺高血圧症は、心及び肺実質に原因となるべき病変が認められずに前毛細血管性の著しい肺高血圧(肺動脈中間圧が二五ミリメートル水銀柱以上)を来たす原因不明の疾患であり、その予後は不良であることが知られている。昭和五二年三月発行の成書〈書証番号略〉によると、原発性肺高血圧症で死亡した患者八八人中の死因としては、右心不全が四一人(46.6パーセント)と最も高率であり、次に突然死が一六人(18.2パーセント)となっている。

(三)  右検査後、間もなく、この肺の写真を見た原田助教授から、門脈から肺へ向かうシャント状の血管がある可能性があり、この肺への血流が肺高血圧の原因ではないかとの疑いがある旨の指摘がされた。しかし、右血管の存否の検査は、本件塞栓術の実施前には行われなかった(〈書証番号略〉)。

西本医師は、塞栓と肺の血圧上昇との関係を殆ど考えていなかった。

5  一六日には、徳島市民病院で腹部CT撮影検査が行われ、その結果、肝癌は否定された。

その四月一六日に、第二内科の岸助教授から、静脈瘤はあまり著明ではない、精査してみるようにとの指摘があった。また、第二内科から、恭男に対して、静脈瘤は、食道より胃に強く、出血はおそらく胃からのものであろう、肺高血圧症はおそらく原発性のものと思われるが、肝硬変症による動静脈シャントによる血流の可能性もあり、念の為に被告外科で心カテーテル検査をする旨、また糖尿病の治療方針の説明があった。

腹部CT検査後の一七日又は一八日ころ、西本医師は、原告智恵子に対し、検査の結果、肝癌の所見はなかったが、中等度の肺高血圧症であることが判明したこと、その原因は不明であり、根本的な治療法はなく、次第に増悪してやがて死に至るが死期の予測はできないこと、これら合併症が多いので静脈瘤の治療として食道離断術は危険が大きすぎること、出血防止のために最近行われている塞栓術を行うかどうかを検討する予定であること等を説明した。

一九日、恭男は仕事を理由に許可を得て外泊した。

二二日、血糖日内変動検査をし、二三日からは、糖尿病経口剤を中止し、インシュリンに変更した。西本医師から第二内科に肺高血圧症について相談すると、第二内科循環器カンファレンスにはかって検討するとのことであった。

二五日、第二内科の検討結果は、「静脈瘤の破裂の時間と肺高血圧症の自然経過を考えると、静脈瘤の破裂の危険性が高く、手術をしたほうがよい。」というものであった。

二七日、食道胃内視鏡検査を行い(食道から胃上部にかけて青色静脈瘤を確認)、また血糖日内変動検査も行った。

6  四月二八日、恭男の治療につき第二回の臨床検討会が行われた。

(一)(1)  四月二七日の内視鏡検査によって、RCサインはないが青色静脈瘤が認められたこと、血管造影検査の結果、腹腔動脈は、根部で閉塞され肝臓は上腸間膜動脈の分枝により栄養されていると認められること、肝臓内血管走行は肝硬変のパターンを示すが、肝臓癌はないこと、右心カテーテル検査で中等度の肺高血圧症が確認されたこと、侵襲の少ない非観血的療法としては、塞栓術と内視鏡的硬化療法とがあることが報告された。

(2) これによって、再出血の可能性が高く、再出血してからの緊急手術は合併症の存在を考えると危険であるので、再出血防止処置を施す必要があるが、直達手術は危険であり、患者と家族の同意を得られれば侵襲の少ない塞栓術を行いたいとの意見が出された。

(二)(1)  手術のタイミングとしては、静脈瘤の内視鏡所見でRCサインを見たら可及的早期に予防手術を行い、破裂出血中の症状では、非観血的治療を行って止血傾向がなければ積極的な緊急手術を行い、静脈破裂既往のある症例では肝機能の安定した時期を可及的に選び待機手術を行うというのが、当時における一般的知見であった。

(2) RCサインはマイナスであったが、恭男の場合には、過去に二回の大量吐血歴があり、青色静脈瘤が報告されたことから、放置すると再吐血によって死の転帰をとる危険性が高いと判断された。

また、恭男の肝機能は安定した時期にあり、静脈瘤の程度、肝硬変の程度からは、直達手術(食道離断術)も可能であったが、肺高血圧症等の所見からして、止血効果は劣るが侵襲が少なくより安全な非観血的手術が適当と判断された。

(三)(1)  ところで、非観血的療法としては、塞栓術と内視鏡硬化療法とがあったが、被告外科ではいずれも行ったことしがなかった。しかし、被告外科の循環器部門の専門別担当医であった古出雄三医員(昭和五六年四月から被告外科医員)は、昭和四八年ころから心臓カテーテル検査、各部血管造影を数多く手掛け、昭和五四年から二年間勤務した大阪府立病院放射線診断科では、自らが初めて胃食道静脈瘤の塞栓術を行い、同病院で一三例の経験を有していたので、同医師によって塞栓術を行うのが相当と判断された。

(2) 塞栓術は、経皮経肝門脈造影の手法を応用して、一九七四年にルンダークイストらによって報告された施術方法であり、日本では翌一九七五年(昭和五〇年)から行われるようになっていた。

レントゲンによる透視下の門脈内カテーテル挿入による胃食道静脈瘤塞栓術としては、経皮的に肝臓を刺して行うもの(PTO)と右下腹部を小開腹し回結腸静脈を迂回して行うもの(TIO)とがあり、その違いは、門脈にカテーテルが到達するまでの経路の差である。

PTOは、門脈に盲目的に針を刺さなければならず、経験と技術が要求される。一方、PTOより遅れて始められたTIOは、カテーテル挿入は容易だが、わずかでも腹部を開腹しなければならず、それに伴う麻酔等の措置も必要とされるし、反復して塞栓術を行うことも困難である。

しかし、両者についての優劣はなく、その選択は、症例に応じて妥当な選択をするほかなく、術者の慣れが重要とも言われていた。

(3) 塞栓術の施行に関しては、種々の合併症が起こり得る可能性が問題として指摘され、腹腔内出血、門脈血栓による死亡例が報告されていた。また、多くの者によって肝塞栓の危険が指摘されていたが、具体例としての報告はなかった。

塞栓術は、緊急出血例の止血には有効な一手段と評価されたが、右の合併症のほかに、塞栓の再開通の問題があり、期待される持続的な止血効果には疑問が持たれ、この段階では、更に検討を重ねる必要性が唱えられていた。

なお、塞栓術の効果の判定にはRCサインの消失を目安とすべきとの指摘がされていた。

(四)  この検討会において、原田助教授から、「胃より上行する静脈が少ない。普通の静脈瘤と形態が違う。」との指摘があった。しかし、右疑いを解明する特段の措置を事前にとることはなかった。

7(一)  四月三〇日、西本医師は、病棟詰所で恭男に対し、病状や塞栓術について図示するなどして説明し、手術への同意を求めた。西本医師の説明は、恭男の症状について、連珠状に蛇行した青色静脈瘤が認められ、放置すると必ず再出血があること、この次に出血した時には死の危険性が高く、今の時期に何らかの防止策をとっておく必要があること、肝機能予備能も低下していること等を説明した上、さらに前記検討会の結果、塞栓術が最良の方法とされたこと、塞栓は成功しても塞栓した静脈の再開通もあり得ること、しかしあまり行われていないのでデータはないこと、三か月後に内視鏡で見て、再塞栓を行うかどうかを決める予定であること、肺高血圧症については、今のところ、根本的な治療法はなく、次第に増悪し心不全に陥ったり、突然死することもあることを説明した。

また、この手術は二時間程度で終り、術後は翌日から流動食がとれ、その翌日には粥が食べられ、三、四日後には歩行が可能となり、創は一週間程度で治癒すること等の説明も加えた。

しかし、恭男は、同じような質問を繰り返した上、家族と相談して返事をするとのことであった。

五月二日、西本医師は、原告智恵子及び恭男の義兄と面談し、約一時間にわたって恭男にしたのと同様の説明をしたところ、恭男をはじめ右原告らは、手術を受けることに同意する意向を表明した。西本医師は、その場で恭男らに手術同意書の用紙を渡し、署名して提出するように求めた。右同意書は、恭男と原告清人らが連署のうえ、手術日の朝、被告病院へ提出された。

六日、血糖日内変動検査が行われた。

(二)  五月七日、恭男の治療につき第三回の臨床検討会が開かれ、恭男に対する諸検査等の経過と本人及び家族の同意が得られたことが報告された。

翌八日午前九時三〇分から放射線連続エックス線撮影透視下で恭男に対する塞栓術を行うこととした。

なお、古出医師は、塞栓術の効果を得るためには、静脈瘤に至る血行をすべて塞栓する必要があると考えており、恭男に対しても、そのように実施するつもりであった。

8  五月八日午前、古出、杉本、西本、湯浅の各医師によって本件手術が実施された。手術室には園尾医師(第二外科助手)など他に見学の医師が四、五名出入りしていた。

本件手術の経過は、次のとおりである。

八時三〇分 西本医師が病棟の恭男の全身所見を観察し、特別な異常がないことを確認

八時四五分 西本医師が麻酔前投薬(筋肉注射)施行

九時 恭男を放射線部連続撮影室に搬入、点滴用静脈確保、心電図モニター装着

このころ古出医師は、放射線部連続撮影室の別室で使用カテーテル及びガイドワイヤー等を点検、また撮影コントロール室でレントゲン連続撮影プログラムを数回行うこと、レントゲンシネ撮影で数回撮影することなどの打合せをした。

九時一〇分 血圧一四〇―八〇(ミリメートル水銀柱・以下同じ)

レントゲン連続撮影は一五秒間に一五枚で、造影剤は毎秒七ミリリットルで二〇ミリリットルまで使用

九時三〇分 恭男を左側臥位とし、背腰部をイソジンで消毒

九時四一分 西本医師により麻酔のため硬膜外穿刺開始、硬膜外腔であること確認

九時五〇分 二%カルボカイン(麻酔薬)五ミリリットル試験注入

九時五二分 血圧一四〇―一〇二

西本医師は、恭男の下肢の知覚鈍麻がないこと、全身状態の変化がないことから、脊髄麻酔になっていないことを確認

一〇時二分 血圧一一二―八〇

二%カルボカイン一二ミリリットル注入し硬膜外麻酔

一〇時一〇分 杉本医師、西本医師により開腹開始、湯浅医師麻酔監視

一〇時三〇分 麻酔の効果で血圧低下(収縮期圧七〇ミリメートル水銀柱)エホチール(循環増強剤)七ミリグラム静脈注射

一〇時三二分 酸素五リットルをマスクにより投与

開腹されて出されている回結腸部の静脈を小切開し、古出医師により切開口からカテーテル挿入開始

カテーテル挿入後二、三分後には造影剤七六%ウログラフィンを手押しで約二ミリリットルずつ、数回注入し、上腸間膜静脈、門脈への経路を造影、シネ撮影(造影剤二〇ミリリットル注入)

一〇時三六分 血圧一四〇―七六、呼吸良好

一〇時三七分 恭男が痛みを訴える(痛い、じんじんすると言い、右足腰を動かした)ので、二%カルボカイン五ミリリットル投与

一一時 二%カルボカイン五ミリリットル追加

一一時二分 血圧一二〇―七四

一一時五分 古出医師により脾静脈造影(造影剤二五ミリリットル注入)、血圧一三〇―七四、上下腸間膜静脈合流部付近で門脈造影、カテーテル先端を脾静脈から出ている左胃静脈(胃冠状静脈)内に進め、手押しで一回につき三ミリリットル以内の造影剤の数回注入による血管造影で食道静脈瘤を確認してシネ撮影(造影剤二〇ミリリットル注入)

同部に五〇%ブドウ糖液二〇ミリリットルを注入し血管の狭窄を起こさせて血流を遅くさせた後、造影剤一〇ミリリットルずつに浸した塞栓物質である二ミリ角ゲルフォームスポンジ数十個の細片を混ぜたゲルフォーム浮遊液をエックス線透視で用手的に、続けて二回注入し、右透視下で、この静脈の血流が静脈の入口でなくなった(造影剤が流れなくなった)ことにより、左胃静脈からの右静脈瘤への血流閉塞が行われたことを確認

一一時一〇分 湯浅医師セルシン(鎮静剤)五ミリリットル静脈注射、五ミリリットルボトル内

一一時一二分 血圧一三〇―八〇

一一時一五分 血圧一三〇―九二

古出医師門脈造影(造影剤注入なし)、カテ先を左胃静脈の入口近くまで戻し、血流の杜絶状態(造影剤の脾静脈への逆流)を確認(二〇分ころ透視造影)(左胃静脈入口での造影剤は残ったままであった)

一一時二〇分 古出医師はカテーテルの先端を脾静脈まで戻し、再度脾静脈、門脈造影連続(写真)撮影の準備

一一時二五分 血圧一〇六―七二

一一時二六分 突発的徐脈発生、脈拍触知不能、心停止、呼吸停止

直ちにマスクを恭男の口に当てての酸素補給、心マッサージ、気管内挿管、ステロイド(強心剤)の静脈注射、強心剤の心腔内注入、人工呼吸等の蘇生術を施行

一一時五九分 心拍再開するが自発呼吸なし、人工呼吸続ける

左鎖骨下静脈穿刺、点滴セット連結

一二時二〇分 古出医師により閉腹開始

一二時五〇分 閉腹終了

病棟医長から家族に症状説明

一三時五〇分 恭男を病室に搬送、自発呼吸なく人工呼吸継続

一四時 サーボベンチレーター(人工呼吸器)により調節呼吸

一五時一〇分 胸部レントゲン撮影・肺梗塞の所見なし

一五時二五分ころ 下顎呼吸出現一〇回/分

九日、一〇日 昏睡状態続く

一一日 午前七時一六分 右心不全により死亡

以上の事実を認めることができる。

三1  原告らは、まず被告病院が恭男に本件手術を必要とした判断について誤りがある旨主張し、これに対し、被告は、恭男に二度の吐血歴があったこと、透視によって食道下部及び胃上部に静脈瘤が認められたこと、内視鏡検査で青色静脈瘤であることが確認されたこと等によって再出血の危険性が高いとみて、肺高血圧症も危険であったがとり得る特段の処置もないことから、比較衡量の上、早急に再出血を防止すべき手術を必要と判断したもので、その過程に誤りはないと主張する。

2  ところで、鑑定人奥田邦雄の鑑定及び鑑定人尋問の結果においては、恭男に対する被告の本件手術の施行について、①TIO食道静脈瘤からの出血の予防あるいは治療法として確立されたものではなかったこと、②肺高血圧症の患者にTIOを実施するのは危険であること、③実施前にこの危険は予測されるべきであったこと、④TIOという新しい試みの対象となる患者に肺高血圧症患者を選んだのは誤りであったこと、そして、⑤恭男には、太い左胃静脈を介する副血行路の形成(シャント血管)があり、左胃静脈は食道静脈瘤の形成に関係しておらず、本件手術においてこの静脈を閉塞させようとしたこと自体が誤りであったこと、⑥恭男の食道静脈瘤は青色であったが、増大悪化傾向は少なく、内視鏡硬化療法の方が適当であったこと等が指摘されている。

右鑑定人は、まず①TIOが確立されていないことを指摘するが、塞栓術が我が国で行われたのは、昭和五〇年以降のことであって、歴史の浅い新しい手術であること、食道静脈瘤の塞栓術は被告病院では本件が初めての手術であり、大阪府立病院でも古出医師自身が初めて行ったものであることは、前記認定のとおりであり、一般的に広く本邦の医療機関に普及していたとまで認めることはできない。

しかしながら、本件当時ころまでに、ある程度の報告例も集積されつつあり、方法論としては一応確立していたものと認められるのであって、右の点自体から直ちに本件手術の当否を導くことはできない。

3  問題は、鑑定人の指摘する②ないし④についてであり、原発性肺高血圧症等の合併症の多い恭男に対してこのような本件塞栓術をすべきであったかどうかであるが、これに関しては、静脈瘤からの出血の危険性がどの程度差し迫っていたも検討しなければならない。

この点について、二度の吐血歴があることは、外見的な危険の兆候として見ることができ、恭男に連珠状の青色静脈瘤を確認できたことは、被告病院が出血の危険性ありと判断した点にも理由のあることが認められる。原告らの指摘するように、静脈瘤が白か青かの判断には、かなり主観的な判断要素が入りやすい点もあるが、他の病院でも青色の診断がされていることも考えると、程度はともかく、被告病院の青色との判断に誤りはなかったものと認めることができる。

しかしながら、より出血の兆候を示すとされるRCサインが認められていない点についての検討がされた形跡はなく、また、鑑定人尋問の結果に照らせば、胃内腔のびらんからの出血であった可能性を否定することもできない。

4(一)  ところで、鑑定人の指摘⑤のとおり、恭男には、左胃静脈から胃の回りで蛇行状になった後、腎静脈を通って大静脈から心臓に至る血行路(シャント血管)があることが認められ、当時の食道胃静脈瘤診断上の一般的な医学的知見として、このようなシャント血管は、いわば静脈瘤血管に対するバイパスであって、右静脈瘤への血流をなくしたり、あるいは減少させて、その静脈瘤からの出血の危険を低くする働きを有しているものであることは、当事者間に争いがない。

そして、被告外科において、原田助教授から事前に何らかのシャント血管の存在の疑いが提示されていたのに、その検査を怠って、本件手術の実施前には恭男のシャント血管には気が付いておらず、この血行の存在を前提として、なお塞栓術を早急に実施することの適否を含む検討が行われていないことが明らかである。

(二)  我が国の塞栓術の先駆的立場にあった証人中尾宣夫の証言によれば、同証人も当初はシャント血管がある場合にも塞栓術を実施していたが、後に適当でないと考え、本件手術より三か月前の昭和五六年一月に発行された医学雑誌の塞栓術の特集号に「食道静脈瘤への応用」と題する論文〈書証番号略〉を発表し、PTOに関して「静脈瘤・腎静脈間シャントが存在する場合は、肺塞栓の危険性が大きく、本法の禁忌となるため、経動脈性造影の門脈相で太い腎シャントの存在が明らかになれば、PTO以外の止血法も十分考慮する必要がある」との見解を公表していることが認められる。

(三) 塞栓術の重篤な合併症については、昭和五五年四月までに、門脈血栓による死亡が報告されていたほか、実際に表われた症例はなかったものの、理論的には肺塞栓の危険があるとの指摘がされていた〈書証番号略〉ことからすると、このようなシャント血管を前提に塞栓術の当否が判断されるべきものというべきである。

しかも、恭男は中等度の原発性肺高血圧症その他の合併症がある患者であり、少なくとも原発性肺高血圧症の合併症をもつ患者への塞栓術の先例が皆無である(この点は被告の自認するところである。)ことからすると、被告病院としては、より慎重に肺への影響を検討すべきであった。被告は、塞栓術に肺高血圧症を禁忌とする文献はないというが、歴史の浅い手術で危険な実施例がなかったためと見るべきであるし、少なくとも、事前にシャント血管の存在を知れば、肺高血圧症は原因不明で治療法はまだないものの、塞栓術の肺高血圧症への影響をより慎重に検討した上、理論的には肺塞栓の危険をもつ塞栓術の当否ないし採用するとしてその実施時期を決すべきが臨床医療の責務であるといわなければならない。

その上、古出医師は、シャント血管があっても、なお恭男の食道胃静脈瘤に通じる全部の静脈血管を塞栓する予定であったというのであるから、それを西本医師が恭男に伝えたように二時間程度で終了させるためには、恭男の右静脈瘤へ出入りする血行路を事前に正確に把握しておく必要があったことが明らかであるし、更に開腹を伴うTIOでは再手術が困難とされていることも考えると、その必要性は一層高かったというべきである。

そして、本件は、出血中の患者に対する緊急の止血措置として塞栓術を行う場合とは異なり、右のような措置をとる余裕もあったというべきである。

(四)  本件においては、四月一四日に腹腔動脈等の造影を行った際に、右血行確認の措置をとるにつき支障があったことの主張及び証拠はない。更に前記認定のように右造影検査の前後に出された原田助教授の指摘(恭男の血行路が通常と異なること)や疑問(門脈から肺へ通ずるシャント存在等の疑い)を解明する措置を行ったとしても、なお、塞栓術の着手前に、恭男の食道胃静脈瘤に係る血行の正確な把握ができなかったことを窺わせる証拠はない。

なお、四月一四日に行われた上腸間動脈等撮影・右心カテーテル検査において、心血管等に異常所見が認められなかったとはいっても、右検査に伴う侵襲が本件塞栓術時の侵襲と比べ、心血管等に与える影響上、危険性の強いものであることないし少なくとも同じ程度のものであったことを肯認できる証拠はない。

(五) これらの点を考えると、被告病院としては、恭男の食道胃静脈瘤に係る血行動態がどのようなものになっているかを事前に十分に確認し、これに基づき塞栓術実施の当否や、実施するとしてのその時期と塞栓すべき血管を検討する手順を履むべきであるのに、右血行動態の事前確認の措置を怠ったといわざるを得ない。

四以上のとおり、被告病院が恭男に対し塞栓術の実施を相当とした判断は、その静脈瘤に対し大きい意味をもち、また同時に肺に対する影響も考慮すべきシャント血管についての把握と検討を経ずに出された点で判断に必要な前提所見が不足していて、それ自体相当な判断であったとは認められない。

そして、このシャント血管の存在とともにRCサインがなかったことや原発性肺高血圧症を合併していたこと、塞栓術はもともと緊急出血例に適応した手術であることや再塞栓の必要が生じる可能性も相当にあること等を考えると、鑑定人奥田邦雄の鑑定結果のように、当時の恭男に対しては、直ちに塞栓術を実施せず、なお暫く経過観察を継続することが妥当な措置とされる状態であったと認められ、他に方法がなく緊急に静脈瘤への血流塞栓を要する状態と被告病院が速断した点には誤りがあったといわざるをえない。

被告は、恭男にシャント血管があっても出血しないことにはならず、現に恭男は過去二回出血していると主張する。恭男の門脈系の血流は複雑であって、鑑定人奥田邦雄の述べるように左胃静脈から静脈瘤に至る血流はないのか、あるいは被告が主張するように食道静脈瘤部分で造影されているものは左胃静脈からの血流なのか、にわかに判定し難いが、造影剤の動きについては、相当多量の造影剤がシャント血管を通って大静脈へ流れていることが鑑定人奥田邦雄の鑑定結果及び証人古出雄三(第二回)、同中尾宣夫の各証言により認められるのであって、被告病院としては、恭男のシャント血管がどの程度のものであって、どのような役割を果しているかについて、事前に検査の上検討しておく必要があったのに、その処置が欠如し、更に左胃静脈から食道静脈瘤に至る血流の有無にかかわらず、このシャント血管の存在を前提に、原発性肺高血圧症への影響を慎重に検討して、塞栓術の当否等を判断すべきであるのに、右検討が欠如したまま本件塞栓術を決定したことは明らかである。

五もっとも、前提事実の把握において相違があったとしても、本件の場合、本件手術の実施は、あり得る選択肢の中の一つであった可能性も皆無ではない。

しかし、そうであっても、なお被告病院としては、患者である恭男に対し、正確な症状の説明と恭男からの右説明を前提とする真摯な同意を得る責務があるというべきである。

請求原因3(五)の説明義務の存在自体は当事者間に争いのないところであるから、前記認定のとおり、恭男やその家族は、もともと手術に対して懐疑的、消極的な態度を表明し、とりわけ恭男は、第一回の吐血から手術をしないまま九年も社会生活を送ってきた経験に基づいて、手術に消極的であったことからすると、このようなシャント血管の存在を前提に、その役割や塞栓によって生じる危険の増加を説明した場合には、本件手術に同意するのでなく他の希望を申し出た可能性は多分にあったと推認される。

そうすると、不十分な患者の状態の把握による被告病院の塞栓術実施の結論は、検討すべき点の検討を怠って早急に結論を出したものといわざるを得ず、また、その検討に基づく説明によって患者がした手術の同意は患者の自己決定権を侵害したものといわざるを得ない。

六被告は、本件手術と恭男の死亡との因果関係自体を争う。

しかしながら、前記二で認定した事実関係及び前記三、四の説示に照らして考えると、恭男は、本件塞栓術の施行が原因となって死に至ったものと認めるのが相当である。すなわち、

恭男が死に至る具体的な過程自体について、鑑定人奥田邦雄は、塞栓物質であるゲルフォームが流れて肺塞栓または肺梗塞の状態に至らしめたとの見解を述べる。

たしかに、塞栓箇所は小指程度の太い血管であったことからすると、ゲルフォームがまったく流出していないことも考えにくく、流出したゲルフォームは肺に至ることになり、実例の報告がないものの肺塞栓の危惧が従来から指摘され、とりわけシャント血管がある場合にはその危険が大きいことからすると、鑑定人指摘の可能性を否定することはできない。一方、証人古出雄三(第二回)及び証人中尾宣夫の各証言によると、ゲルフォームの塞栓部位からの流出量は比較的少なかったものと認められ、更にその後の恭男の症状経過に照らして、ゲルフォームの流入付着により肺塞栓又は肺梗塞が生じたと積極的に断定することも困難である。

したがって、直接の死因そのものを断定的に認定することは困難であるが、証人中尾宣夫の証言や鑑定人奥田邦雄の尋問の結果に照らし、また塞栓術施行中に突発的かつ重篤な右心不全を生じ、さしたる軽快をみないまま四日後に死亡した経過からすれば、被告主張のような塞栓術と無関係な突然死であって、右施術がなくてもこの時点で死に至っていたとは認め難く、更に医学知見上、塞栓術の実施による原発性肺高血圧症への影響につき全く未解明の状況下に塞栓術が行われたことをも考慮に入れると、本件手術の施行に伴う各般の侵襲によって、恭男の右心不全が生じ死の結果を導いたものと認めるのが相当であって、本件塞栓術の実施との恭男の死亡との因果関係はこれを肯定すべきである。

七請求原因4のうち(一)の医療契約の締結は当事者間に争いがないところ、右認定及び判断によれば、請求原因3のその余の点につき判断するまでもなく、被告は、原告らに対して、右契約上の債務不履行に基づく損害賠償の責任があるというべきである。

八そこで、請求原因5(損害)について判断する。

1  逸失利益

原告智恵子本人尋問の結果及び〈書証番号略〉によると、恭男は、多年にわたり靴下の卸業をし、更に死亡する二年位前からは数人の者に対する貸金の利子等によっても収入を得ていたことが認められる。しかし、現実の収入に関する明確な証拠がないところ、原告らは、死亡当時の恭男の年収を三四八万円として損害賠償額の算定を求めている。そして、恭男は、死亡当時五一歳であるところ、右原告らの主張額は、死亡当時の賃金センサスによる同年令の労働者の平均年収額を超えないことが当裁判所に顕著であるから、右金額は相当なものと認めることができる。

ところで、原告らは、恭男が六三歳まで一六年間稼動するものとして、逸失利益の請求をするが、前記認定の事実によれば、恭男の病状は相当悪化し、鑑定人奥田邦雄の尋問結果及び証人中尾宣夫の証言に照らすと、長期生存の可能性は低かったものと認められるところ、具体的な余命の年数を確定することはできないものの、本件損害賠償の基礎とすべき現実に稼動可能な期間は、五年程度に限られるものと認めるのが相当である。

そこで、五年間の中間利息を控除し(新ホフマン係数4.364)、生活費を三五パーセントとみてこれを控除して計算すると、恭男の逸失利益は九八七万一四〇〇円となる。

3,480,000×4.364×(1−0.35)≒

9,871,400

これを相続分に従い分割すると、原告智恵子に帰属する分は、右の二分の一の四九三万五七〇〇円、原告三好清人、及び杉野京子はいずれも四分の一にあたる二四六万七八五〇円となる。

2  慰謝料

前記認定の恭男の病状、被告の医療行為の経緯、手術の説明等家族への対応その他本件に現われたすべての事情を斟酌して、原告智恵子の慰謝料としては、二〇〇万円、同清人、同京子について、各一〇〇万円をもって相当と認める。

3  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起、遂行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任したことは、本件訴訟記録上明らかであるところ、本件訴訟の難度、審理期間、審理の内容、認容額等を勘案すると、原告らが支払う弁護士費用中、一五〇万円(原告智恵子七〇万円、同清人及び同京子各四〇万円)については相当因果関係のある損害として被告に請求できるものと認めるのが相当である。

4  まとめ

右によれば、被告は、原告智恵子に対しては、七六三万五七〇〇円、原告清人及び同京子に対しては、各三八六万七八五〇円の支払義務があるというべきである。そして、原告らは、右のうち弁護士費用相当分を除く損害の賠償についての遅延損害金の請求をするものであるところ、本件訴状が昭和五七年九月一一日に被告に送達されたことは、本件訴訟記録上明らかである。

九以上の認定判断によれば、原告の請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとして、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言及びその免脱宣言について同法一九六条一項、三項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官滝口功 裁判官石井忠雄 裁判官青木亮)

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